公開: 2024年6月9日
更新: 2024年6月9日
明治以降の産業化が進んだ日本社会では、大企業と政府が中心になって、労働力の安定供給を目的として、「終身雇用制度」が広く普及しました。これは、明治時代の官僚に対する雇用制度を真似て、一般企業の従業員(労働者も含めて)を対象とした、特定企業に特化した雇用制度でした。これによって、企業の従業員が、より高い給与を求めて、他の企業へ転職する例は著しく減少しました。しかし、それは、日本社会の労働市場において、労働力の移動を大きく阻害する要因にもなりました。それは、終身雇用と同時に導入された、「年功序列」と「新入社員一括採用」の制度によるものでした。
企業側としては、技術を身に着けた社員が、離職して、他社に移動することを防止するため、給与が勤続年数に比例して増加するようにしたのですが、勤続年数が増えても、新しい職場へ移動すると、熟練度が低下するため、受け取れる給与が減ってしまいます。この問題を解決するためには、熟練度の高さではなく、その企業にどれだけの期間所属しているかで、給与を決定する方が合理的になります。こうすると、従業員は、定年まで、その企業で働くことが、最も高収入が得られることになります。このようにして、第2次世界大戦の前から、日本社会には終身雇用制が定着しました。
この制度は、従業員全体の平均年齢が若いときには、企業にとって利益が大きい制度です。従って、高度成長期からバブル経済期までは、日本社会全体に良い結果をもたらしました。しかし、バブル経済が崩壊して、経済が低迷すると、日本企業は、従業員の高齢化に伴う給与の支払いに悩むようになりました。その結果、日本社会では、新入社員の採用を抑える政策を採るようになりました。しかし、そのことは、企業の経営を維持するための人材の流入がなくなるため、企業にとっては、衰退の道になります。これが、バブル崩壊後の日本経済の低成長をもたらした原因の一つです。自由経済であれば、倒産するべきであった企業も存続したまま、今日に至っています。
それは、日本社会の労働法では、企業の経営判断による解雇が認められにくいため、企業が倒産するまで雇用を守り、ある日突然倒産し、従業員全員が失業すると言う問題を作り出すのです。企業の経営規模を縮小し、余剰人員を減らすことは難しいのです。また、従業員にとっては、できるだけその企業に、長く留まる方が、給与の面では有利だからです。これは、日本社会の雇用流動性が、終身雇用制度によって、著しく低下してしまっているからです。この硬直化した労働力問題を解決するために導入されたのが、派遣労働を可能にした新しい法律でした。正規雇用による労働力の硬直性を避けるため、企業は、非正規雇用を活用するようになりました。
かつての日本社会であれば、パート従業員にしか適用できなかった柔軟な雇用形態を、正規社員に準する非正規社員に適用し、安い労働力を利用し、不景気で労働力が過剰になった場合は、派遣社員の契約を打ち切ればよいのです。しかし、非正規社員の場合、正規社員に比較すると雇用が安定していないため、労働に関する習熟度が高くなりにくい問題があり、10年間特定の企業て、特定の作業に従事していた作業者が、別の企業へ移り、異なる作業を担当し、高い水準の熟練度を発揮することは、不可能とはえませんが、かなり難しいのです。このため、非正規従業員の給与は、一般の正規従業員と比較すると、、かなり低くなります。